小樽はかつて鰊(ニシン)漁で栄えた街であった。
明治初期の写真であろうか?
鰊の水揚げで賑わう浜の様子。
もっこ(鰊を運ぶ背負う木の箱)
を担ぐ女性の姿が写っている。
化学肥料の無かったこの時代、
鰊を加工した魚肥がこの人々を
潤したのだろう。
この賑わいも昭和29年を最後に
見られなくなった。現在も日本海
沿いには当時の栄華を物語る
鰊番屋が残っている。
右は祝津の鰊御殿。
祝津の浜を見下ろす高台に
鰊の番屋が建っている。
鰊御殿 写真中央右)
岬の先端には祝津の灯台
手前は小樽水族館が見える
鰊御殿は公開されており、
鰊漁で栄えた当時を、貴重
な展示品と共にしのぶことが
できる。また、この高台まで
登ると 眼下に小樽の海を
一望できる。
祝津にある旧青山別邸
当時の豪族の栄華を見せる
この建物もまた、鰊漁で栄え
た親方のものであった。現在
一般公開されているとともに
懐石料理を楽しめる料亭と
して 人気がある。敷地内に
一歩足を踏み込んだとたん
明治・大正の時代に タイム
スリップしてしまう。
小樽のあちこちには古い祠が
点在している。かつて住民が
日々の健康や鰊漁の安全を
祈願していたのだろう。
小樽には神社仏閣も数多い。
厳しい 自然とともに生きてきた
人々の信仰のよりどころとして
これらは存在しているのだ。
写真は末広稲荷(末広町)
かつては荒くれの漁師が
闊歩していたであろう
小樽中心部の花園の小路
現在は地元の人々と 観光客と
が不思議に違和感無く溶け込む
なんとも表現しがたい街並み
となっている。 華やかな
メインストリートから一歩小路
に入ると、昔ながらの本当の
小樽が見えてくる。





平磯岬に建つ「銀鱗荘」
昭和14年、余市から移転され、
温泉、料亭旅館として開業。
元は余市の大網元の屋敷だった。
この建物も当時の鰊漁で
財を成した豪族のものであった。
戦後は進駐軍の幹部との会談の
場所としても使われていたとか?
高級旅館として現在も名を馳せ、
ここを訪れる観光客も多い。
歴史と格調を感じる建築物である。

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昔から、そしてこれからも小樽の味。
鰊御殿